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はじめに
日本の戦後教育改革において目玉の一つと言われた社会科。占領下沖縄では予期せずして成立した科目です。沖縄にとって社会科が成立したことは、教育面において日本本土と足並みを揃える、つまり「本土並み」の実現を意味していました。ただし、沖縄の社会科の教育内容は、完全に日本と同一ではありませんでした。詳しくは、以下の記事をご参照ください。
日本の社会科と沖縄の社会科の大きな違いは、副読本を作成して沖縄固有の歴史を扱った点です。沖縄ではなぜ、社会科を開始するにあたり、わざわざ独自の歴史副読本を作成したのか、その誕生秘話を紹介したいと思います。
沖縄の社会科で歴史副読本が必要だった理由
占領初期の沖縄では、米軍の占領政策方針により、日本の教科書の使用が禁止され、沖縄独自の教科書等を作成して教育をする指令が出ていました。ですが、予算の関係でその方針が変更され、1948年度から日本の教科書を輸入して教育を行うことになりました。
米軍の方針ではありましたが、沖縄の教育行政側は、沖縄の独自性を尊重し新たな沖縄の建設を目指す「沖縄の道」に即した教育を、引き続き行いたいと考えていました。
しかし、日本の教科書を輸入して沖縄の戦後教育をすることは、沖縄の教育行政側にとっても悲願だったので、いまさら米軍に「日本の教科書は使えない」とは言えません。でも、その日本の社会科教科書には沖縄の記述がない…。
悩んだ末、日本の教科書を使うけれども、沖縄の歴史の副読本を作って対応しようということになったのです。
沖縄の社会科初の歴史副読本とは?
副読本『沖縄歴史』の概要
沖縄の社会科初の副読本づくりを開始することになりました。その副読本とは、文教部編『沖縄歴史』(文教部、1949年(推定))です。
同書の「はしがき」には、沖縄に関する歴史の著作『沖縄一千年史』『沖縄歴史』を参考に書かれたと記されています。前者は真境名安興・島倉竜治『沖縄一千年史』、後者は島袋源一郎『伝説補遺 沖縄歴史』またはガリ版刷り教科書である文教部『沖縄歴史』の可能性が考えられ、戦前の沖縄の歴史に関する研究や、戦後のガリ版刷り教科書の成果を継承していると言えます。
文教部編『沖縄歴史』は、琉球王国時代を中心に叙述されています。その形式をみると、国史の暫定教科書である文部省『くにのあゆみ』と酷似しており、それに基づき作成されたと推定されます。
著者について
同書は、当時の記録を照合すると、城間正雄を中心に執筆されたものと考えられます(注1)。城間は、戦時下では沖縄県立第二高等女学校の歴史科教諭、戦後は文教部編修課図書編修官として勤務、琉球大学の開学に伴い、琉球大学に助教授として着任しています。日本古代史を中心とした日本史を担当していました(注2)。
誕生秘話
この文教部編『沖縄歴史』の刊行は、一筋縄ではいきませんでした。なぜなら、日本本土の教科書を輸入して使用することになり、沖縄独自の教科書や教材を作成する予算がなかったからです。
刊行が危ぶまれた文教部編『沖縄歴史』。このピンチに、遠くから助け船がやってきました。それは、ハワイ連合沖縄救済会です。1948年1月に募金活動を開始、同年9月、食糧難の沖縄に500余頭の豚を送り届けた、沖縄の人々の命を救った団体として知られています。このハワイ連合沖縄救済会が歴史副読本の印刷を引き受けてくれることになり、刊行できたのです。まさに、沖縄の復興を切に願っていた在外沖縄人ネットワークの為せる技と言えます。
ハワイ連合沖縄救済会の豚を送った件は、沖縄県公文書館HPのこちらのページをご参照ください。
大変残念なことに、どのような経緯でハワイ連合沖縄救済会が印刷を引き受けてくれたかは、まだ明らかになっていません。今後引き続き、資料を丹念に探していく必要があります。
沖縄の歴史副読本のその後
ハワイ連合沖縄救済会の力添えにより、晴れて文教部編『沖縄歴史』が刊行されました。1950年頃には沖縄の学校現場で使用されていたようです。ですが、とりいそぎ作成したものだったので、その内容を見直す動きがありました。
文教部『沖縄歴史』のリニューアル版として刊行されたのが、仲原善忠『琉球の歴史』(琉球文教図書、1952年)、仲原善忠『琉球の歴史』下(琉球文教図書、1953年)です。
以後、沖縄の歴史副読本は、繰り返しリニューアルされ連綿と刊行され、現在に至ります。沖縄教職員会編『われらの沖縄』(沖縄時事出版、1968年)、沖縄教職員会編『わたしたちの沖縄』(沖縄時事出版、1969年)、沖縄県中学校社会科教育研究会編『沖縄県の歴史』(沖縄時事出版、1981年)、沖縄県教育委員会高等学校教育課編『高校生のための沖縄の歴史』(沖縄県高等学校社会科教育研究会、1996年)、新城俊昭編『高等学校琉球・沖縄史』(編集工房東洋企画、2001年)などです。この事実から、沖縄では、学校教育を通じて沖縄の歴史を継承していこうという意向が表れていると言えます。
ところで、国家レベルよりもミクロな地域の歴史を見ることは、自己としての歴史認識をするうえで有効ではないでしょうか。沖縄県の学校教育において、戦前からの沖縄の歴史の成果を在外沖縄人ネットワークの助けを経て引継ぎ、戦後連綿と作成され続けた沖縄の歴史の教科書や副読本の存在は、これからの新しい歴史教育にも大いに貢献する財産となると思います。
・※1、※2:文教部『沖縄歴史』(文教部、1949年(推定))のレプリカを萩原が撮影した。レプリカは、月刊沖縄社編『激動の沖縄百年 新聞・雑誌・教科書復刻版』(第六巻、月刊沖縄社、1981年)に所収されている。
・注1:萩原真美『占領下沖縄の学校教育』(六花出版、2021年)、463頁。
・注2:同上、464頁。